中国 上海の最近のブログ記事
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ここだと降ろされたところは・・・ 今までに見た風景とは全く違う中国的な建築物に囲まれたところです。 |
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お土産屋さんが連なり人も多い。 |
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肝心の豫園(ユエン)はどこかしら?地図を見るけれど自分がどこにいるのかわかりません。 |
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とりあえず人の流れについていくと・・・道標がありました。・・・ホッ! |
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西洋人の観光客の姿も多くみかけます。 |
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スターバッカスコーヒーもこの通り。 旧上海城とよばれ、租界時代の上海においても中国人だけが住む地域だったという地域の中心にある豫園(ユエン) は なんと、上海人である四川省長を務めた役人が、かつて法務大臣であった父親、 への孝行のために建設した個人の庭園でだそうで、1559年に建設が開始され父親が亡くなったあと、 18年後に完成したのだそうです。すばらしい庭園です。アルバムをご覧下さい。 |
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先回上海に立ち寄ったとき、浦東の東方明珠電視塔から見下ろした外灘の西洋建築物。
その前を歩いてみたいと思っていました。 目の前にそれらの建築物があります。これは南京東路脇の 和平飯店南楼 。旧パレスホテルです。 1906年に竣工された上海初のエレベーター付ホテルだったそうです。 外灘(バンド)の建築物はアルバムをご覧下さい。 |
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イギリスの租界時代には海乗馬場であったという、上海の中心にある人民広場です。周りをビルが取り囲んでいます。 |
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人民広場から外灘に向かって南京東路を歩きました。 |
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ゆっくり歩いていると、美術大学の教授だと言う人から日本語で声をかけられました。 「今日本語の勉強をしています。近くで会議があったところです。近いうちに日本へ行きます。。。」と。 少し立ち話した後で自分は剪絵の専門家で・・と2枚の剪絵を私に手渡しました。「え?頂いて良いのですか?」と言うと彼は 「実は日本に滞在するにはお金がかかります。今その資金を準備中で。。」と言うのです。私は 「明日日本に帰るので余分なお金は持っていません」と断りましたら100元でも200元でも良いですからと言いますので、 ちょっと考えて、その剪絵は結構綺麗でしたので100元ならだまされても良いかと100元渡しました。 |
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彼は2枚ありますから・・と言ったのですが「良いでしょ2枚で100元にしてね」と・・
・彼は苦笑していました。名刺を頂きましたが、劉田曠さんが本当に中国美術家協会会員、中国剪絵協会副会長、
日中友好協会会員なら申し訳ないことをしました。 また実在しない人物でこの影絵が機械でプレスしたものであっても面白い体験をしたので良しとしましょう。 |
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リニアモーターカーを降りて地下鉄龍陽路駅はとてもわかりやすく、 硬貨が直ぐに出なかったので4元お札を出して窓口でチケットを買い地下鉄に乗りました。 地下鉄車内で女の人が上海市内の地図を売りに来たので買いました。 なんと物乞いをしているらしいおじいさんの姿もみかけました。乗車賃はどうしているのかしら?ちょっと不思議でした。 |
| 地下鉄の駅から地上に出るといよいよ上海の目抜き通りです。 | |


























